主に能楽研究家後藤和也氏の「金春月報」誌連載「今月の演能から」による【50音順】

金春流・演目早わかり Quick Guide

「早わかり」は、能楽研究家後藤和也氏による金春流の演目についてのQuick Guideで、【あらすじ】と【見どころ】を簡潔に解説します。

あ行 

藍染川 あいそめがわ  

【あらすじ】都の女が子の梅千代を伴い大宰府の神主を訪ねます。この子は神主が在京中に都の女と契りを結んで生まれた子でした。事情を知った神主の本妻が、嫉妬から偽の手紙で親子を追い返そうとします。その手紙を見た都の女は絶望し藍染川に入水してしまいます。そこへ神主がやって来て嘆き悲しみ神前で祝詞を上げます。すると天満天神が現れ女を蘇生させます。

【見どころ】上演が極めて稀な曲です。筋の展開がメロドラマ的で上演効果を出すのが難しいのが一因と言えます。ただし、ワキ・ワキツレともに重要な役で、ワキ方にとっては重い習事として大切にしている曲です。アイ・前シテ・ワキそれぞれが読む文(手紙)、入水した女を象徴的に表す正先に置かれた出小袖、天満天神の登場と蘇生が見どころです。

葵上 あおいのうえ 

【あらすじ】六条御息所の生霊が葵上に取り憑き、光源氏の愛を失った恨みを語り、葵上を責めます。御息所は祈祷のためにやって来た、横川の小聖の前に鬼の姿で現れ、小聖に立ち向かいますが、祈り伏せられます。

【見どころ】舞台に折り畳んだ小袖が置かれます。小袖が舞台には現れない葵上を表しています。前半の枕ノ段、後半の息詰まるイノリの場面と、見どころが多く面白い名曲です。 

阿漕 あこぎ

【あらすじ】男が伊勢の阿漕浦で老人に会います。老人はこの浦が殺生禁断の地であり、昔、その禁を破り殺された男が、実は自分であると告げ消えます。やがて男の霊が現れ、漁の様を再現し、地獄での苦しみを見せます。

【見どころ】生きるものの罪を描き、終始、不気味で陰惨な雰囲気が漂う異色の曲です。前場は[語リ]と[クセ]が中心で、後場は漁の様を見せる〔立回リ〕が見どころです。

芦刈 あしかり

【あらすじ】都の貴家で奉公していた日下左衛門の妻が夫と会うため難波を訪れ、謡い舞いながら芦を売る男に会います。夫と気づいた妻は互いに歌を詠み交わし再会を遂げます。夫は喜びの舞を舞い夫婦で帰京します。

【見どころ】夫婦の再会を描いた曲ですが、芦売りの様や、網曳き歌など、庶民の生活も描かれています。笠ノ段・クセ・男舞と、聞きどころ、見どころの多い面白い曲です。

安宅 あたか 

【あらすじ】頼朝に追われ山伏姿に変装して奥州へ逃げる義経一行が、安宅の関で嫌疑を受けます。弁慶が勧進帳を読み上げたり、義経をわざと杖で打つ等して関を通過します。その後の酒宴では、弁慶が舞を舞います。

【見どころ】弁慶の知略と勇気、主君を思う気持ちがにじみ出る曲です。勧進帳の読み上げ、弁慶の男舞と見どころの多い作品です。劇的な展開でとても面白い人気曲です。

敦盛 あつもり

【あらすじ】敦盛を討った蓮生が弔いのため、一の谷へ行き草刈男たちに会います。その内の一人が敦盛の霊とほのめかし消えます。その夜、敦盛の霊が現れ、討死前夜の遊宴、討死の様を語ります。

【見どころ】全体に風雅な趣のある曲です。前場の樵歌牧笛についての掛合には、牧歌的なのどかさがあります。後場は若い敦盛による凛々しい舞が見どころとなります。

海人 あま

【あらすじ】大臣の藤原房前が亡き母の供養のため、讃州支度の浦へ行きます。そこへ海人が現れます。その海人は房前の母を知っていて、死のいきさつについて語ります。『かつて、中国伝来の宝珠が竜宮に取られてしまいました。この地へやって来た藤原淡海は海人と契りを交します。淡海は宝珠を取り返せば生まれた子を世継ぎにすると約束します。海人は海に入り竜宮から宝珠を盗み、乳の下を切り裂いて宝珠を押し込み取り返した』と、母の最期を語ります。そして自分がその海人で房前の母だと告げ海中に消えます。房前が母の法事を行い供養していると、母の霊が竜女となって現れます。母の霊は成仏できたことを感謝し舞を舞います。

【見どころ】古くからあった〈海人〉に、世阿弥が後場を加えた可能性が高いことが想定されている能です。前場は玉を盗み取る場面を写実的に演じる「玉ノ段」や寂しげに帰る中入リの場面、後場は早舞が見どころです。なお、〈海人〉には「二段返シノ出」「懐中ノ舞」という二つの小書(特殊演出)がありますが、各流を通しても小書が多い曲です。

〔2018.05.25〕

嵐山 あらしやま

【あらすじ】臣下が天皇の勅命で嵐山の桜を見に行きます。そこで木守明神・勝手明神の化身である老夫婦に会い桜の由来を聞きます。その夜、木守明神・勝手明神、蔵王権現が現れ舞などを見せ、御代を祝福します。

【見どころ】木守明神・勝手明神による舞、蔵王権現がその威容を示す、豪快な所作が見どころです。嵐山の満開の桜を背景にショー的な美しさがあり、見て楽しい曲です。

蟻通 ありどおし

【あらすじ】紀貫之が蟻通明神の神前を下馬せずに通ろうとした所、神の怒りに触れ馬が動けなくなります。そこへ現れた社人の勧めで歌を詠むと馬が起き上がります。社人は明神の化現で祝詞を上げ神楽を奏し昇天します。

【見どころ】紀貫之が歌で恐ろしい神の怒りを鎮めたという和歌の徳を讃えた曲です。明神は松明を持ち、傘をさして現れるなど、とても珍しい出で立ちです。この曲は紀貫之も重要でワキ方の重い習い物となっています。

淡路 あわじ

【あらすじ】臣下が淡路島へ渡り田を耕す老人から、ここはイザナギ・イザナミ二神を祀る田であると教えられ、国土創世の話をして消えます。やがてイザナギの神が出現し島誕生の話を語り、日本の繁栄を祝い、舞を舞います。

【見どころ】珍しい曲です。前場は田を耕す様子が印象的で、大らかで素朴な感じです。後場はイザナギの神が颯爽と舞う舞が見どころです。くつろいで楽しみたい一曲です。

生田 いくた      

【あらすじ】敦盛の遺児が賀茂に参詣し、そこで霊夢を得て、摂津国生田へ向います。生  田へ着くと、その夜、庵に敦盛の霊が現れます。敦盛は生田の合戦を回想し、修羅道の苦しみを見せ、弔いを求め消えます。

【見どころ】前半は子方の謡も多く、子方が重要な役割をする曲です。親子の対面から、〔中ノ舞〕と見どころが続きます。コンパクトにまとまった、趣のある佳品です。

一角仙人 いっかくせんにん

【あらすじ】天竺波羅那国で一角仙人が竜神と勢力を争い、竜神を岩屋に閉じ込めたので、雨が降らなくなります。そこで扇陀夫人が仙人を訪ね酒を飲ませます。舞を舞った後に仙人は寝てしまい、竜神が現れ雨を降らせます。

【見どころ】神通力の強い仙人が、美女の容色に迷い自滅するという、寓話的で楽しい曲です。特に、夫人の舞につられて仙人が舞う〔楽〕が見どころです。

井筒 いづつ

【あらすじ】旅僧が大和国在原寺を訪れると女が現れます。女は筒井筒の歌など業平との昔を語り、紀有常の娘の幽霊と告げ消えます。やがて僧の夢に業平の冠・直衣を身につけた紀有常の娘が現れ昔を懐かしみ舞を舞います。

【見どころ】能を代表する曲の一つです。前場では業平との昔がしみじみと語られます。後場は有常の娘の舞と、井筒(井戸)に映る我が身に業平の面影を見る場面が見どころです。

岩船 いわふね

【あらすじ】新たに浜の市を立てるため、勅使が摂津国住吉の浦を訪れます。そこへ唐人の童子が現れ、浜の市のことや、景色を愛で、龍女の宝珠を捧げます。童子は自分が極楽の宝を積んだ岩船を漕ぐ、天の深女であると告げ消えます。やがて、龍神が現れ、八大龍王と共に宝を積んだ岩船を岸に引き寄せ、国土の繁栄を祝福します。

【みどころ】めでたさを寿ぐ曲です。勇壮にしかも、活発にきびきびとした動きが印象に残る曲です。祝言に徹した能で、爽やかな舞台を楽しみたい曲です。

鵜飼 うかい 

【あらすじ】僧が甲斐の国の石和でお堂に泊まります。その夜、松明を手にした老人が現れます。老人は以前、僧に宿を貸した鵜使いの霊でした。老人の霊は石和(いさわ)川の殺生禁断の場所で鵜飼をした罪で処刑されたことを語ります。老人の霊は鵜飼のさまを僧に再現して見せると闇夜に消えてゆきます。僧が弔っていると閻魔大王が現れ、老人の霊が法華経の功力(くりき)により極楽浄土に送られたことと、法華経のありがたさを説き示します。

【見どころ】前場のシテは鵜使いの霊、後シテは閻魔大王と別人格になっています。そのため、前場だけでも完結している構成で、特に生き生きとした鵜使いのさまを見せる鵜ノ段が見どころです。後場は動きが多く見ていて面白い古風な趣の曲です。

〔2020.04.07更新〕

 

浮舟 うきふね

【あらすじ】僧が宇治で女に会います。女は昔、浮舟が薫中将と匂宮に愛され、悩んだ末身を隠した事を語ります。僧が弔うと浮舟の霊が現れ、憑き物の風情を見せながら、横川の僧都に助けられたことを語り消えます。

【見どころ】『源氏物語』の「宇治十帖」に基づく曲です。三番目物と同じ形式ながら、貴人が恋に悩んだ末、物の怪に憑かれた様で〔カケリ〕を舞う、異色の作品です。

雨月 うげつ 

【あらすじ】西行が和歌の神である住吉明神に参詣する途中、老夫婦に宿を借りようとします。その家は老妻が月を、老夫が雨音を好むため、屋根の一部を葺いていませんでした。老人が詠んだ和歌の下の句に西行が上の句を付けると、西行は宿泊を許されます。空いた屋根から月を眺め秋風の音を聞いているうちに夜がふけてゆき、老夫婦は寝室へと姿を消します。すると、末社の神が現れ先ほどの老人が住吉明神であると告げます。やがて住吉明神が宮人姿の老人に憑いて現れます。住吉明神は西行に神託による和歌の奥儀を伝え舞を舞います。

【見どころ】前場にはシテとツレが入り屋根の一部を葺いていない大きな大板屋の作リ物が目を引きます。「月はもれ雨はたまれととにかくにしづが軒端をふきぞわづろう」を主題歌に雨と月をめぐり静かに前場は進みます。後場は宮人(老人)に憑いた住吉明神による舞が見どころです。〔能楽研究家 後藤和也〕

〔update 2020.02.13(木)〕 

歌占 うたうら

【あらすじ】伊勢国の神職渡会何某は急死しますが、三日後に白髪となって蘇生します。渡会が歌占をしているところに男と少年が現れ、歌占によりその少年が我が子幸菊丸とわかり父子の再会をします。渡会は帰国の名残に男の前で地獄めぐりの曲舞(くせまい)を舞います。

【見どころ】弓の弦に歌を書いた短冊をつり、それを客に引かせ様々なことを占う歌占の様、父子の再会、地獄めぐりの曲舞を見せるのが眼目の曲です。曲舞は難解な言葉で綴られていますが、地獄の異様な様は十分に伝わり、見どころとなります。

善知鳥 うとう

【あらすじ】旅僧が越中の立山で猟師の霊に会い、妻子に供養をするよう伝えて欲しい、と告げ片袖を託します。僧が妻子に片袖を渡し弔いをすると猟師の霊が現れ、猟の様を見せ、地獄の苦しみからの救いを求め消えます。

【見どころ】殺生を生業とした猟師の、死後の苦しみを描いた異色作です。前場は短いですが、緊張した場面が連続する後場では、独特の型を見せる〔カケリ〕が見どころです。

采女 うねめ 

【あらすじ】僧が春日大社で若い女と会い春日大社の縁起を聞きます。その後、女は僧を猿沢の池へ案内します。女は天皇に仕えていた采女が、天皇からの寵愛を失ったと思い込み猿沢の池へ身を投げたという昔話をし自分はその采女の霊であると告げ、僧に弔いを頼み水底に消えます。僧が弔うと采女の霊が現れ、天皇に仕えた往事を回想して舞を舞い池に消えます。

【見どころ】采女の入水を描いた能であるため、とても静かにゆっくりと舞台が進行する曲です。前場はシテによる二度の語リが珍しいです。後場は往時を振り返るクセから序ノ舞が見どころです。

 

鵜祭 うのまつり

【あらすじ】勅使が気多明神に参詣すると、雪中に海女が現れ、鵜を供える鵜祭や神社の縁起を語り消えます。その夜、八尋玉殿の神と気多明神が現れ、鵜を海に放ち神徳を見せます。

【見どころ】前場は気多明神の縁起と、神徳を説く謡が聞きどころ。後場は気多明神と八尋玉殿の神による舞や、子方の舞働が見どころです。金春流でしか見られない稀曲です。

梅枝 うめがえ

【あらすじ】身延山の僧たちが旅の途中、津の国住吉でにわか雨にあい、粗末な家に宿を借ります。その宿の室内には舞楽の太鼓と衣装が飾られてあります。僧がそのことを女主人に尋ねると、夫の富士が内裏で管弦の役を浅間と争い、その結果、夫は殺されてしまったと語ります。女は夫への弔いを僧に頼み姿を消します。夜、僧が読経をしている所へ、夫の舞楽の衣装を身につけた富士の妻の霊が現れます。妻は亡き夫を偲びながら、舞を舞います。

【見どころ】死後もなお夫を想い続ける妻の想いが、一曲を貫いています。夫への恋慕の情と、追憶を込め太鼓を打つ妻の姿が印象に残ります。後場では、夫への想いが純化した舞が見どころです。同じ題材を扱った曲に現在能 <富士太鼓>があります。しみじみとした味わいのある曲で、じっくりと味わいたい佳品です。 

雲林院 うんりんいん

在原業平の霊が「伊勢物語」について語り、昔を偲んで舞を舞います。その絢爛たる恋の、喜びと悲しみ。帝に入内する姫に思いを寄せた業平の恋情を主題にしています。業平の霊は、かつての夜の遊舞を思い出しつつ、華やかだが物静かな太鼓入り序ノ舞を舞います。

◇京都・紫野の雲林院が舞台です。京都市北区大徳寺通り北大路下ル東側にあります。淳和天皇が造営した離宮で、紫野院と呼ばれ、春は桜、秋は紅葉の名所でした。今は大きな伽藍や境内の面影もない小さなお寺です。〔s.w〕

江口 えぐち

【あらすじ】僧が江口の里で女と出会います。女は昔、西行法師が遊女に宿を断られた話をし、自分はその遊女の霊であると告げ消えます。やがて、舟に乗った遊女の霊が現れ無常を語り舞を舞い、普賢菩薩と変じて消えます。

【見どころ】三人の遊女が屋形舟の作リ物に乗っている姿はとても華やかですが、曲全体としては仏教的な荘厳さと気品に満ちた作品です。クセ、序ノ舞からキリが見どころです。

 えびら

【あらすじ】僧が生田川で梅を見ている男に会います。男は僧に梅の枝を箙に挿して笠印とした一の谷の合戦について語り梶原景季の霊だと告げ消えます。やがて景季の霊が現れ合戦の様を見せ、弔いを求めます。

【見どころ】〈田村・八島〉とともに勝修羅三番と呼ばれる曲です。前場はクセが中心です。後場はカケリから終曲への、若武者による颯爽とした闘いの様が見どころ。

老松 おいまつ

【あらすじ】都の梅津某が霊夢を得て、菅原道真の菩提寺である筑紫安楽寺へ向います。そこで木守りの尉と花守りが現れ、梅と松の徳などを語り消えます。やがて、老松が現れ、舞を舞い、御代を祝福します。

【見どころ】松と梅のめでたさを強調した祝言能です。前場は[クセ]が中心です。後場は舞が見どころです。 

大江山 おおえま 

 おきな

「どうどうたらりたらりら、たらりららりららりどう」の謡を聞くと、めでたく爽やかな気持ちになるものです。その詞章は「天下泰平・国土安穏」など、祝福に満ちた謡になっています。〈翁〉は正月や祝賀能など、特別な公演の時にしか上演されない演目です。役者は舞台上で面を着け、小鼓が三人で囃し、地謡も囃子方の後に座るなど、他の曲とは著しく異なり、神聖で祝福に満ちた演目です。 

 おきな【十二月往来(じゅうにつきおうらい)

「翁は能にして能にあらず」と言われるように、他の曲と一線を画し、神聖視されています。翁には演劇的な筋立てはありません。儀式性が強い祝福の曲です。〈十二月往来〉は翁の特殊形態で、一年十二ヶ月の風趣が立会形式で演じられます。

奥の細道 おくのほそみち

【あらすじ】芭蕉が旅の途中で、越中市振の宿に泊まります。芭蕉は宿主に杖と笠を預け、自らの名を明かし俳論を語ります。芭蕉が寝た後、同じ宿に宿泊していた遊女二人が、旅の不安を語り合い、芭蕉に伊勢まで同行してくれるように頼もうと決めます。宿主は遊女を芭蕉に引き合わせ、遊女は伊勢までの同行を芭蕉に頼みます。しかし、芭蕉はその申し出を断ります。遊女は名残を惜しむ舞を舞い、芭蕉は笠と杖を手に、時雨のなかを旅立って行きます。

【見どころ】松尾芭蕉の『奥の細道』に題材を取った高浜虚子の新作で、昭和一八年に桜間金太郎(弓川)をシテに初演されました。芭蕉の俳論や紀行文が多く取り入れられた曲です。前半は俳論を語る[クセ]が中心で、後半は遊女が舞う、別離の舞が見どころです。金春流でしか演じられていない、高浜虚子の新作能です。  

小塩 おしお      

【あらすじ】下京辺の人達が大原野へ花見に出かけます。麓一帯は大原野、山は小塩山とも呼ばれた桜の名所でした。そこへ桜の枝をかついだ老人が現れます。男が問い掛けると、老人は身こそ卑しかろうとも、心の花こそ問題だ、と答えます。さらに在原業平の歌を口ずさみながら、その歌について語り、昔を懐かしみながら姿を消します。その夜、人々が仮寝をしていると、夢に在原業平の霊が現れます。業平は『伊勢物語』の和歌を綴って恋の遍歴を回想します。中でも二条后を想いつつ、舞を舞い、花吹雪が舞う中、夢か現か分からぬうちに姿を消します。

【見どころ】優艶な在原業平を主人公とした曲で、華やかな花見の風情と、和歌を中心とした古典世界が美しい情緒を生み出している曲です。業平の恋の遍歴を語る[クセ]と、業平が舞う舞が見どころです。金春流ゆかりの春にふさわしい曲です。

伯母捨 おばすて   

【あらすじ】都の男が仲秋の名月を眺めようと伯母捨山を訪ねます。すると、都の男の前に里の女が現れ声を掛けられます。女は昔この山に捨てられた老女が、「わが心なぐさめかねつ更科や伯母捨山に照る月を見て」と歌を詠んだ所だと教えます。女は自分がその老女の霊で、月が出たら再び現れ都の男を慰めようと告げ消えます。やがて夜になると、澄みわたる満月の光に照らされた、白髪の老女の霊が現れます。老女は昔を偲び月の光に興じます。そして、月は阿弥陀如来の脇侍仏である大勢至菩薩が仮に姿を現したものであり、菩薩の天冠の中には極楽浄土があり、月の光が到らないところはないので、無辺光菩薩と名付けられていると説きます。老女は極楽浄土の様を描き出すと、極楽浄土を讃美し、昔を懐かしんで舞を舞います。やがて夜が明け都の男が帰った後も、老女は昔のように伯母捨山に取り残され、独り立ち尽くしています。

【作品の背景】『古今和歌集』の「わが心なぐさめかねつ更科や伯母捨山に照る月を見て」を主材に、『大和物語』や『今昔物語集』などでよく知られている伯母捨伝説に取材した作品です。ただし、作品しては伯母捨よりも、あたかも月の精とでも言うような、老女による月への讃美、昔を懐かしむ清澄で静かな趣に、主眼が置かれています。

【見どころ】〈関寺小町〉〈檜垣〉とともに「三老女」と呼ばれ、能の最奥の演目とされており、演能されることも極めて少ない秘曲です。舞台は老女による月への讃美を軸に、清澄かつ閑寂な趣で進んで行きます。今回は後ジテの登場が、太鼓の入る〔出端〕となり、通常とは異なる出となります。また、和吟で謡われる[クセ]は、この曲の聞きどころです。中心となる〔序ノ舞〕はとても静かに舞われる特殊な舞で、この曲の見どころとなっています。

大原御幸 おはらごこう

【あらすじ】平家滅亡の翌年、後白河院が初夏の大原寂光院に建礼門院に訪ねます。女院は後白河院に、生きながら六道を経験したことや、先帝を始めとする平家一門の最期を語り、寂光院を後にする後白河院を見送ります。

【見どころ】悲しい運命をたどった建礼門院の半生を回想した曲です。初めは謡い物として作られたと言われるだけに、動きが極端に少ない曲です。謡には流麗な節付が施されており、聞きどころの多い曲です。〈定家・楊貴妃〉と共に「三婦人」と称され、品格のあるしっとりとした曲です。

女郎花 おみなめし

【あらすじ】旅僧が女郎花を折ろうとすると、老人が現れ歌問答となります。老人は塚に案内し小野頼風とほのめかし消えます。僧が弔うと、頼風夫婦の霊が現れ、妻の入水、頼風の自殺、地獄の責めを語り僧に回向を求めます。

【見どころ】素朴な味わいのある古作の曲です。前場は古歌を引用した花物語のような風雅な印象です。後場では二人の悲恋が描かれる掛合とクセ、カケリからノリ地が見どころ。

か行 

杜若 かきつばた

【あらすじ】旅僧が杜若の咲く三河国八橋に立ち寄ります。そこへ女が現れ、在原業平の歌を教え庵に招きます。やがて業平の冠、高子の后の唐衣を着た女が現れ、杜若の精と告げ、『伊勢物語』の恋物語を語り、舞を舞います。

【見どころ】前半は八橋の、杜若をめぐる業平の歌を中心に静かに進みます。後半は『伊勢物語』を背景に舞われる舞が見どころです。小品の趣ながら幽玄美の漂う佳品です。

景清 かげきよ 

【あらすじ】盲目の琵琶法師となり零落した 平家の武将景清の元へ、娘の人丸が尋ねて来ます。一度は娘との再会を拒みますが、里人の手引きで再会を果たすと、景清は八島合戦での武勇譚を語り、娘に別れを告げます。

【見どころ】親子再会物として、親子の情愛が細やかに描かれていますが、再会後、再び別れる親子の姿が印象的です。三保谷四郎との錣引きの武勇譚が後半の見どころです。

花月 かげつ

【あらすじ】僧が清水寺門前の男から花月という少年芸能者の話を聞きます。花月が現れると小歌や清水寺の縁起を語るクセ舞を見せます。僧はその花月が行方不明のわが子と気づき親子の再会を果たします。さらに花月は鞨鼓を打って舞を見せると、父子連れだって仏道修行の旅へと出て行く」という内容です。

【見どころ】小品ながら室町時代の雰囲気を色濃く残すとても面白い曲です。芸尽くしの曲で、小歌・小弓・クセ舞・鞨鼓など、見せ場の多い曲です。

柏崎 かしわざき 

春日龍神 かすがりゅうじん

【あらすじ】明恵上人が中国へ行く暇乞いに春日社へ参詣します。そこへ老人が現れ渡航を思い留まらせ、時風秀行と告げ消えます。やがて八大龍王が現れ、仏の奇特を眼前に見せると、龍神は消え去ります。

【見どころ】龍神が活躍するスケールの大きな曲です。前場は静かに進みます。後場は龍神によるダイナミックな舞働が見どころとなる、とても面白い曲です。 

葛城 かずらき      

【あらすじ】旅の山伏が大和の葛城山へやって来ると雪になります。そこへ一人の里の女が現れ、山伏を自分の庵へ案内し、焚き火を焚いて山伏をもてなします。山伏が後夜の勤行をしようとすると、女は祈祷をして欲しいと頼みます。不審に思った山伏が訳を尋ねると、役行者に命じられた岩橋を架けられなかったため、蔦葛で縛られ苦しんでいると告げ、葛城の神と告げ消えます。その夜、山伏が祈祷をしていると、葛城の神が現れ、苦しみから免れた喜びを述べ、大和舞を舞い、夜が明け醜い顔があらわにならぬ先にと告げ、岩戸の中へ消えます。

【見どころ】雪の葛城山を背景に、神と人とが交流していた古代の物語で、人間的で孤独な女神を描いた、詩情豊かな曲です。前場は初同の謡が有名で、[クセ]も見どころです。後場は葛城の神が舞う、大和舞が見どころとなる、静かな風情の一曲です。

鉄輪 かなわ

心変わりした夫を呪詛する丑の刻詣(まいり)。生きながら嫉妬の鬼に変身。貴船神社に丑の刻参りを重ねた女は、頭に鉄輪をいただき、鬼となって、自分を捨てた夫と後妻の命を取ろうとしますが、陰陽師(おんみょうじ)安倍清明(あべのせいめい)の祈祷によって阻止されます。

◇女は願掛けのための化粧をほどこし、頭には鉄輪をかぶり、丑の刻に貴船神社に向かいます。鉄輪とは火鉢などに使う五徳のこと。呪いの儀式は7日間続ければ満願しますが、女は力尽き、6日目に自宅近くの井戸端で息絶えました。鉄輪ノ井:京都市下京区堺町通松原下る〔s.w〕

兼平 かねひら

【あらすじ】粟津へ向う僧が琵琶湖の矢橋の浦で船に乗ります。船頭の老人は土地の名所などを語りますが、粟津へ着くと突然消えてしまいます。土地の者の勧めで僧が義仲を弔うと、兼平の霊が現れ、主君義仲と自身の奮闘と最期の様を語り消えます。

【見どころ】前場は船の中での所作と謡が中心。後場は奮闘の様を語るクセ、最期の様を描くキリが見どころ。中入で兼平と告げず主君の義仲の弔いを求める等異色の修羅能です。

加茂 かも 

【あらすじ】室の明神の神職が賀茂神社に参詣し水汲みの女に会います。女は神社の縁起を語り神徳を讃えると、神の化身であると告げ消えます。やがて御祖の神が現れ舞を舞うと、別雷の神も現れ五穀豊穣を予祝します。

【見どころ】前ジテが脇能には珍しく女性で、優美な趣があります。後場は御祖の神と、別雷の神による舞が見どころ。

通小町 かよいこまち

【あらすじ】僧のもとに木の実や薪を運ぶ女がいます。僧が素性を尋ねると、市原野辺に住む姥と答え消えます。僧が市原野辺で弔いをすると、小町と四位の少将の霊が現れ少将が小町の元へ通った百夜通いの様を見せます。

【見どころ】曲名は通小町ですが、主人公は四位少将で、小町への強い想いが百夜通いで描かれます。イロエノ働キの小書が付くといつもとは違う演出が楽しめます。

邯鄲 かんたん

【あらすじ】盧生が羊飛山へ向う途中、邯鄲の里で雨宿りをし、枕を借り眠ります。すると譲位の勅命を受け、宮殿で五十年の栄華を極めますが、夢が覚めると粟飯が炊ける僅かな時間に過ぎず、人生の無常を悟り帰郷します。

【見どころ】寝台である一畳台が夢の中では宮殿の玉座になる等、現実と夢の世界が巧みに構成された、変化に富む面白い曲です。後半の子方の舞と、シテの舞が見どころです。

 きぬた 

清経 きよつね

【あらすじ】淡津三郎が自害した清経の遺髪を妻へ届けます。妻は落胆の余り遺髪を手向け返します。その夜、妻の夢に清経の霊が現れ妻を慰めます。清経は自害のこと、修羅道の苦しみを語りますが念仏により成仏します。

【見どころ】合戦描写よりも夫婦の情愛を細やかに描いた曲です。[クセ]で清経の自害に至る経緯が語られ見どころです。夫婦の心のやりとりを見事に描いた人気曲です。 

金札 きんさつ

【あらすじ】恒武帝の勅使が伏見へ神社造営のため赴くと、老人が現れ造営を祝う内に、天から金札が降り、老人は姿を消し天から天津太玉の神と名乗ります。やがて太玉の神が現れ、神威を示し悪魔を払い御代を寿ぎます。

【見どころ】前場は木尽くしの謡が中心です。後場は悪魔を打ち払う様から、颯爽と舞われる〔舞働〕が見どころです。神が悪魔を払う神事と国土安全を祈る祝言能です。

国栖 くず 

【あらすじ】浄見原の天皇(後の天武天皇)が大友皇子に追われ吉野に逃れて来ます。吉野の老人夫婦が国栖(鮎)を天皇に供し、老人がお下がりの鮎を川に放すと鮎は生き返ります。やがて追手が来ると老人が気迫で追い返します。老人夫婦が退出すると天女と蔵王権現が現れ天皇を慰め御代を祝福します。

 

熊坂 くまさか

【あらすじ】旅僧が美濃の赤坂で僧に弔いを頼まれます。庵には薙刀などがあり、盗賊への用心のためと語り、消えます。後刻、その僧が盗賊熊坂長範の霊として現れ、牛若に斬られ無念の最期を遂げた様を語ります。

【見どころ】若き日の義経が熊坂を打ち取る様を熊坂の側から描いた曲です。前半の静かな展開とは対照的に、後半では熊坂が大薙刀を手に奮闘する豪快さが見どころです。

鞍馬天狗 くらまてんぐ

【あらすじ】鞍馬山の僧が多勢の稚児を連れ花見をしている席に、ぶしつけな山伏が現れます。僧達はその場を去りますが、一人の稚児がその場に残ります。その稚児が牛若で山伏と師弟の契約をします。実は山伏は大天狗で兵法の秘伝を牛若に授け守護を約束します。

【見どころ】前場には牛若の他に多くの子方が出る花やかな場面、山伏と牛若との心の触れ合いが描かれます。後場は大天狗が勇壮豪快な所作を見せ、見どころです。白頭という小書(特殊演出)が付くと、堂々とした大天狗が活躍します。

車僧 くるまぞう

【あらすじ】車に乗った僧が京都の嵯峨野で山伏に出会います。山伏は車僧と禅問答をします。すると山伏は愛宕山の太郎坊と名乗り立ち去ります。やがて太郎坊が天狗の姿で現れ山伏をさまざまに威嚇しますが、車僧に恐れをなし消え去ります。

【見どころ】シンプルな構成の面白い曲です。シテとワキの応対のほとんどが禅問答、車僧と天狗の静と動の対比、能では極めて珍しく笑いを誘うアイなどが特色の曲です。なお、曲名は〈車僧〉ですが、シテは天狗の太郎坊で、車僧はワキです。

呉服 くれは

【あらすじ】住吉神社参詣を終えた延臣が呉服の里に着くと、機(はた)を織る音が聞こえてきます。そこへ呉織(くれはとり)・漢織(あやはとり)と名乗る中国の若い女性が現れます。二人は応神天皇の御代に呉国から来て綾の衣を織り帝に献上したことを語り、機(はた)を織るさまを見せ消えます。やがて呉織(くれはとり)の神霊が現れ舞を舞い御代を祝福します。

【見どころ】世阿弥作の可能性が高い情趣豊かな神能です。江戸時代を通し上演頻度の高い人気曲でした。しかし、現在では極めて上演頻度の少ない曲になっており上演がある際には必見です。前場は応神天皇の御代に呉国から来て綾の衣を織り帝に献上したことを語るクセが中心です。また、大掛かりで美しい作リ物にも注目です。後場は神能では珍しい、呉織(くれはとり)による「中ノ舞」が見どころです。

黒塚 くろづか

【あらすじ】山伏が安達原で宿を借ります。女の主が糸を繰りつつ身の上を歎き、寝屋を見ないようにと告げ薪を取りに行きます。能力が寝屋の内を覗くと死体の山…。鬼女となった女が現れますが、祈り伏せられます。

【見どころ】前場は糸繰りの、女の歎きを語る謡と糸繰り歌が、後場は山伏と鬼女の対決が見どころ。雷鳴ノ伝の小書(特殊演出)がつくと、通常とは違う舞台となります。

源氏供養 げんじくよう

【あらすじ】安居院の法印が石山寺に向う途中、女と会い光源氏の供養を頼まれます。女が紫式部の霊と知った法印が供養をすると、紫式部の霊が現れます。紫式部の霊は願文を法印に渡し、共に回向し舞を舞います。

【見どころ】三番目物ですが本格的な舞はありません。それに代わり、『源氏物語』の巻名を巧みに読み込んだ、名文に合わせて舞われる[クセ]が見どころです。

絃上 けんじょう

【あらすじ】琵琶の名手藤原師長が渡唐を志し須磨で宿をとります。そこで老夫婦の琵琶琴を聞き、自分の未熟を恥じ渡唐をとりやめます。老夫婦は村上帝と梨壺女御の化身で、琵琶の名器獅子丸を師長に与え舞を舞います。

【見どころ】前場で老人が琵琶を弾く様を語る謡は、雅楽の越殿楽に合わせる謡い物を、そのまま取り入れた謡で聞き所です。後場は颯爽と舞う〔早舞〕が見どころです。

源太夫 げんだゆう

【あらすじ】勅使が勅命により熱田明神へ参詣します。そこで勅使が神前を清める老夫婦に会います。老夫婦は勅使に熱田明神の謂れと、自分たちが素戔嗚尊(すさのおのみこと)により八岐大蛇(やまたのおろち)から命を救われた稲田姫の父母である脚摩乳(あしなずち)と手摩乳(てなずち)と語ります。そして、父の脚摩乳は源太夫(げんだゆう)の神(しん)と名を改めて東海道の旅人を守る誓いを告げ消えます。その夜、源太夫の神と橘姫が現れます。源太夫の神は太鼓を打ち、二人が人々を守護することを告げ、舞を舞います。

【見どころ】脚摩乳と手摩乳は夫婦の神で稲田姫という娘がいましたが、八岐大蛇に姫を呑まれてしまうと嘆いていました。そこへ、素戔嗚尊が現れ八岐大蛇を退治し稲田姫を救いました。素戔嗚尊は八岐大蛇が呑み込んでいた天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を尾から取り出し、それを天照大神に献上します。二人は夫婦となり大国主神(おおくにぬしのかみ)を授かります。記紀神話で有名なこの話が前場のクセで語られます。後場は源太夫の神と橘姫による楽(がく)の相舞が見どころです。古来より金春流でしか演じられていない稀曲です。

〔update2020.05.18 能楽研究家後藤和也〕

 

恋重荷 こいのおもに

【あらすじ】女御に恋をした老人山科荘司に朝臣が荷を持てたら女御が会うと伝えますが美しいその荷は重荷で、弄ばれた事を知った老人は自害します。老人の霊が現れ女御を責めますが守り神になると告げます。

【見どころ】恋をする者の心理が巧みに描かれている曲です。前場は老人が重荷を持とうとする場面が、後場は女御への責めから、恨みが消える終曲が見どころです。

項羽 こうう

【あらすじ】唐の烏江の野で草刈男が渡し船に乗ります。老船頭は船賃として美人草を求め、草の名の由来や漢楚合戦の話をし、項羽の霊と告げ消えます。やがて、項羽と虞氏の霊が現れ虞氏の投身と項羽の奮戦を語ります。

【見どころ】中国の武将項羽とその妃である虞氏を描いた曲です。後場で虞氏が身を投げる態で一畳台から下りる所作や、項羽による〔舞働〕(まいばたらき)が見どころです。  

小鍛冶 こかじ

【あらすじ】一条院が霊夢を見て、橘道成に命じ、三条小鍛冶宗近に剣を打たせる宣旨を下します。宗近が勅命を受け稲荷明神へ参詣すると、童子が述べた通り、稲荷明神が狐の姿で現れ、合槌で名剣の小狐丸を打ちます。

【見どころ】剣の故事を語る謡、幣を構えた宗近の謡、狐姿の稲荷明神による舞働(まいばたらき)が中心です。通常の赤頭ではなく白頭の小書(特殊演出)が付くと、緩急に富む演出となります。

小督 こごう

【あらすじ】高倉天皇の寵愛を受けていた琴の名手小督は、清盛から怒りを買っていることを知り身を隠します。高倉天皇の勅命で仲国が嵯峨野で琴の音から居所を探しあて、仲国は小督の天皇への返書を受け取り帰ります。

【見どころ】名月を背景とした情緒あふれる一曲です。仲国が嵯峨野を馬上で尋ねる駒ノ段、小督の天皇への想いを語るクセ、仲国による男舞が見どころです。

小袖曽我 こそでそが

【あらすじ】父の敵討ちを前に曽我十郎・五郎兄弟が母を訪れます。五郎は母から勘当されていましたが、十郎の説得により母は勘当を解きます。兄弟は母と喜びの盃を交わし、舞を舞い敵のいる狩場に向かいます。

【見どころ】前半は母に許しを乞う兄弟と、心のうちでは子を想う母の心情がクセを中心に語られます。後半は兄弟の相舞が見どころ。数ある曽我物の中でも屈指の曲です。

胡蝶 こちょう            

【あらすじ】都の古跡で僧が梅花を眺めている所に女が現れます。女は胡蝶の精であると告げ、梅花に縁の薄いことを嘆き回向を求めます。その夜、胡蝶の精が現れ、梅花と遊べるようになったことを喜び、舞を舞います。

【見どころ】可憐で美しい曲です。短命な胡蝶の精を主人公にした曲で、梅花と遊び戯れる、後場の舞が見どころとなります。小品ながら味わいのある曲です。

この花 このはな

【あらすじ】吉野の花見が素晴らしかったので、吉野の花見を再現し留守の者達にも見せることになります。そこへ梅の精が現れ、梅の故事や徳を語り、舞を舞います。

【見どころ】金春安明宗家により発見された豊公能です。豊公能は秀吉が自己の事績を能にさせたものです。約400年ぶりの復活。

さ行

西行桜 さいぎょうざくら

【あらすじ】西行は庵室の花を見に大勢の花見客が来るので、桜のせいだと内心嘆き、「花見んと群れつつ人の来るのみぞあたら桜の咎にはありける」と詠みます。その夜、桜の精が現れ桜に咎の無いことを語ると、舞を舞い消えます。

【見どころ】老体による典雅で幽玄な趣の曲です。前半は花見の場面やワキとの問答が中心です。後半は京の名所の桜を語るクセから、序ノ舞が見どころとなる大曲です。

桜川 さくらがわ

【あらすじ】母の元へ貧しさから身を売った子の桜子から手紙が届きます。僧の弟子となっていた桜子が僧と花見に出向くと、花に寄せ我が子恋しさに狂乱する女がいます。女は僧といる子が桜子と気づき共に帰郷します。

【見どころ】親子の再会を描いた曲で、物語の展開も分かりやすく面白い曲です。クセから網ノ段が中心となります。特に、すくい網を手に舞う網ノ段が見どころとなります。 

佐渡 さど

【あらすじ】佐渡に流された世阿弥のもとに、孫にあたる金春禅竹の娘と、小太郎が大和(奈良)から見舞いに来ます。世阿弥は小太郎に妻(寿椿)や女婿の金春禅竹のことを尋ねます。孫娘が世阿弥の前で舞(「熊野」のクセ)を舞うと、世阿弥も懐旧の舞(序ノ舞)を舞います。やがて夜が明けると、二人は世阿弥に別れを告げ去ってゆきます。

【見どころ】1990年(平成2年)12月4日初演の79世故金春信高宗家の新作能です。孫娘と小太郎が配流先の佐渡へ世阿弥の見舞いに行く、という設定は作者の創作です。ただし、世阿弥が1434年に理由不明ながら将軍足利義教時代に佐渡に流されたのは史実です。世阿弥の能楽論の言葉(「離見の見」など)も散りばめられた、詩情豊かな曲です。孫娘による舞(「熊野」のクセ)から序の舞が見どころです。

実盛 さねもり

【あらすじ】加賀の篠原で布教する遊行上人の前に老人が現れます。上人が尋ねると斉藤実盛の霊と告げ消えます。上人が弔いをすると実盛の霊が老武者姿で現れ、合戦や最期の様を語り、供養を頼み消えます。

【見どころ】遊行上人が篠原で実盛の霊に実際に会った、という話を能にしたと言われる異色の大曲です。老武者の最期の様を描く後場の語リ、クセ、終曲部が見どころです。

自然居士 じねんこじ

【あらすじ】雲居寺造営の勧進説法をする自然居士の元へ、少女が身を売って得た小袖と諷誦文を捧げた後、人買いに連れ去られます。追いかけた居士は、人買いに様々な芸能を見せ、それと引き換えに少女を連れ戻します。

【見どころ】居士が少女を救うために、様々な芸を見せる大変面白い曲です。居士の説法、人買いとの問答、〔中ノ舞〕から[クセ]、〔ササラ・鞨鼓〕と見せ場が続く名曲です。

石橋 しゃっきょう

【あらすじ】寂昭(じゃくしょう)法師が中国で文殊菩薩の住む清涼山(しょうりょうせん)へ続く石橋を渡ろうとします。すると樵が現れ、橋を渡るのは危ないと語り奇瑞を待てと告げ消えます。やがて菩薩に仕える霊獣の獅子が現れ牡丹と戯れながら舞を舞います。

【見どころ】牡丹の花が咲き誇る舞台の豪華さは圧倒的です。力強い囃子とともに現れる獅子による豪快な舞が見どころです。古式の小書が付くと、常の舞台とは異なる大曲となります。

舎利 しゃり

【あらすじ】出雲美保の関の僧が都東山の泉涌寺(せんにゅうじ)へ参詣します。僧がゆえありげな異形の男とともに仏舎利を拝んでいると、突然、男が足疾鬼(そくしっき)となり舎利を奪って逃げ去ります。寺を守護する韋駄天(いだてん)に祈誓すると、韋駄天が現れ、足疾鬼を追い詰め、舎利を奪い返します。

【見どころ】仏舎利をめぐり足疾鬼と韋駄天の争いを見せる曲で、上演機会も多くない曲です。前場は仏舎利礼賛の謡などが聞きどころですが、中入り前には荒々しい程の所作があります。後場は足疾鬼と韋駄天の争いが、一畳台を巧みに使いながら描かれます。 

俊寛 しゅんかん

【あらすじ】平氏政権の転覆を企て鬼界が島に流された俊寛・成経・康頼のもとに赦免使がやって来ます。赦免状に自分の名前が無いことを知った俊寛は、怒りと絶望に震え船にすがりつきますが、島に一人取り残されます。

【見どころ】舞がない曲です。俊寛の過去の回想、赦免使到着の喜び、島に一人残されることになった怒り、必死の嘆願、そして、絶望と俊寛の心理を劇的に描いた異色曲です。

 

【あらすじ】平家打倒の企てが露見した俊寛・成経・康頼が鬼界が島で流罪になっています。島では俊寛が汲んできた水を酒に見立て三人が都をしのんでいました。そこへ赦免使が中宮御産の大赦を告げに舟で島へやって来ます。しかし、赦免状には三人同罪ながら俊寛の名前だけがありません。悲嘆に暮れる俊寛を一人島に残し、赦免使たちは舟で島から離れてゆきます。

【見どころ】〈俊寛〉の作者は未詳です。しかし、近年の研究(集成本『謡曲集』解題・新古典『謡曲百番』前付など)から、世阿弥の息男である観世元雅説が有力とされています。

赦免状に自分の名がないことを知った俊寛の心理が劇的に描かれてゆきます。世阿弥が志向した「舞歌幽玄」(謡と舞による優美な能)とは対極に位置する異色の名曲と言えます。

〔2021.01.19 能楽研究家後藤和也〕

 

昭君 しょうくん 

猩々 しょうじょう 

正尊 しょうぞん

【あらすじ】義経を討つため鎌倉から来た正尊を弁慶が邸に呼び上京理由を追及しますが、正尊は起請文を差し出します。義経は偽りと知りつつも酒宴を催し静に舞を舞わせます。その夜正尊らが討ち入りますが生け捕られます。

【見どころ】劇的な構成の面白い曲です。前半は会話を中心に〈三読物〉の一つである起請文、静御前による舞、後半は対照的に激しい斬組が見どころとなります。

◆出典は「平家物語」巻十二土佐坊昌俊被斬などによります。土佐坊昌俊(正尊)は、奈良興福寺西金堂衆と伝承されます。御油料所の代官と争い、南都に帰ることもできず、関東の頼朝に仕えました。頼朝に最後まで仕えた金王丸が昌俊とも言われています。

◆東京都渋谷区の金王八幡宮では次のように伝わっています。渋谷金王丸常光のちの土佐坊昌俊は源義朝、頼朝親子に仕えました。金王丸の名声は高く、のちに神社の名称となる金王丸御影堂には、金王丸が17歳で出陣の折、自分の姿を彫刻し母に形見として残した木像が納められています。壇ノ浦の戦いののち頼朝は義経に謀反の疑いをかけ、これを討つよう昌俊(金王丸)に命じました。昌俊は断ることもできず、文治元年(1185)10月、百騎ばかりを率いて京都に上り、同月23日夜義経の館に討ち入りました。昌俊は、はじめから義経を討つ考えはなく、捕らえられて勇将らしい最期を遂げました。金王丸の名は平治物語、近松戯曲などに、また土佐坊昌俊としては源平盛衰記、吾妻鏡、平家物語などにみえます。〔s.w〕

金王丸の木造が納められている金王丸御影堂

角田川 すみだがわ

【あらすじ】さらわれた子を探す母が、女物狂となり角田川に来ます。母は川を渡る船中で子供の死を知ります。母が塚の前で弔うと子供の声とともに、幻に子供が現れますが、やがて姿を消します。

【見どころ】他の女物狂能と違い、母親の悲劇を中心に描いた異色の作品です。船頭による語リ、亡き子の霊に取りすがろうとする終曲が見どころとなる悲劇の名曲です。

西王母 せいおうぼ

【あらすじ】女が中国の帝王に三千年に一度だけ花が咲き、実が成る仙桃の花を捧げると、西王母の分身と告げ消えます。帝王が管弦を奏でる中、西王母が現れ桃の実を捧げ、舞を舞い天上へと飛び去ります。

【見どころ】西王母伝説を舞台化したとてもめでたく華やかな曲です。後場の西王母による舞から終曲部が見どころです。金春流ゆかりの祝言能です。

誓願寺 せいがんじ

【あらすじ】一遍が「六十万人決定往生」の札を誓願寺で広めていると、女が現れ寺の額を一遍直筆の額に換えよと告げ、和泉式部の霊と語り消えます。額を換えると菩薩姿の和泉式部が現れ、舞を舞い額に礼拝します。

【見どころ】宗教的な雰囲気と、清らかな美しさを持った気品のある曲です。誓願寺の縁起を語る謡、仏徳を讃えるクセでの舞、太鼓が入る〔序ノ舞〕が見どころです。

是界 ぜがい

〈是界〉は「中国の天狗是界坊が日本の仏教を妨害するため日本へ飛来しますが、比叡山の僧の祈りにより退散させられる」という内容の曲です。

 作者は竹田法印定盛(1421~1508)です。竹田家は代々医家ですが謡や能に親しんでいた記録が残されています。世阿弥や金春禅竹など能役者が能作を行うことが一般的な中で、知識人による能作としても貴重な曲です。〈是界〉の類話は『今昔物語集』にもありますが、直接的な典拠として『是害坊絵巻』が指摘されています(集成本『謡曲集』解題)。この『是害坊絵巻』を脚色して〈是界〉が作られています。なお、ワキは現行諸流とも僧ですが、現在ツレの太郎坊をワキとする古謡本の存在も報告されています。

 なお、世阿弥の伝書には天狗の記述はありません。いわゆる天狗物として〈鞍馬天狗・車僧・是界・大会〉があります。 

関寺小町 せきでらこまち

【あらすじ】僧が稚児を伴い歌の道を尋ねるため、七夕祭りの日に近江の国の関寺に住む老女の庵を訪ねます。僧が老女と手習い歌の話をした際に、僧はこの百歳の老女がかつて美貌を誇った歌人の小野小町だと気づきます。小町は花やかな昔を振り返り七夕祭りに加わり、そこで稚児の舞を楽しみます。すると小町自身も杖にすがりながら舞を舞います。

【見どころ】〈関寺小町〉は能楽最奥(さいおう)の秘曲です。七夕祭りでの稚児の舞、杖にすがり舞う小町による序ノ舞。百歳の老女のなかにも品位と老木の花やかさが求められる曲でそこが見どころでもあります。今回は「古式」という小書がつきます。〈関寺小町〉は金春流関係では約650年の歴史の中で8人しか演じた記録が残っていません。金春流の謡本には宗家系と車屋本(宗家系改訂本)の二種類があります。かつて金春安明師が本文系統の調査に基づき、現行〈関寺小町〉とは別に、本文の整備を行いました。その新たに整備された〈関寺小町〉を、小書「古式」として弟子家に開放しました。現代能楽史の中でも特筆されるべき大英断により成立した小書です。

殺生石 せっしょうせき

【あらすじ】僧が那須野で女に会います。女は玉藻前という化生の者が宮中を逐われ石魂となった殺生石の由来を告げ消えます。僧が弔うと妖狐が現れ殺生石として人畜に危害を加えた事を語りますが仏事により改心します。

【見どころ】前場は妖艶さと凄みを効かせたクセが中心となります。後場は終曲部の狐を退治する様が見どころ。白頭の小書が付くと緩急の変化に富んだ演出になります。 

蝉丸 せみまる

【あらすじ】皇子蝉丸が盲目を理由に逢坂山で剃髪され置き去りにされます。蝉丸が藁屋で琵琶を弾いていると髪が逆立つ病で心も乱れた姉の逆髪(さかがみ)がやって来ます。二人は不幸を嘆き合いますが、やがて逆髪は立ち去ります。

【見どころ】蝉丸と逆髪の不幸が描かれますが、詞章や節付がとても美しく不思議な詩情が漂う曲です。蝉丸の剃髪、逆髪の狂乱、二人の対面と別離の場面が印象に残る名曲です。

千手 せんじゅ

【あらすじ】頼朝は捕虜の身の平重衡(しげひら)を慰問するため、千手を預役狩野宗茂邸へ遣わします。千手は重衡の出家の望み叶わぬ事を告げます。その夜別離の酒宴が開かれますが、翌日、重衡は処刑のため都へ護送されます。

【見どころ】重衡の無念と悔悟、千手と重衡との恋慕の情、やがて来る二人の別離。そうした微妙な心理を語る謡が聞きどころ。また、後半の千手による舞が見どころとなります。

草紙洗小町 そうしあらいこまち

卒都婆小町 そとばこまち

【あらすじ】百歳の姥が朽ちた卒都婆に座っています。それを見た高野山の僧が小町を諭しますが、卒都婆問答の末、姥は僧を論破します。僧が名を尋ね小野小町と告げます。すると、かつて小町に想いを寄せていた四位少将の霊が乗り移り、百夜通いの様を見せます。

【見どころ】重く扱われる老女物の一つですが、劇的な変化に富んだ面白い曲です。僧との卒都婆問答、美しかった昔の回想、突如乗り移った四位少将(深草の少将)と百夜通いの再現など、見どころが連続します。素直に楽しめる老女物の名曲です。

た行

高砂 たかさご  

【あらすじ】阿蘇の神主が高砂の浦で、松の木陰を掃く老夫婦に会います。老夫婦は夫婦の和合、高砂と相生の松の謂れ、和歌と聖代の繁栄の話などを語ると海上に消えます。神主が老夫婦の言葉に導かれ住吉へ行くと、住吉の松の精が現れ、御代を祝福し舞を舞います。

【見どころ】結婚式などでよく謡われる「高砂やこの浦舟に帆をあげて…」等、有名な謡が多い曲です。前場は夫婦和合、松の謂れ、和歌と聖代の繁栄を寿ぐ老夫婦の姿が印象的です。後場は明るく颯爽とした〔神舞〕が見どころです。

忠度 ただのり

【あらすじ】僧が須磨の浦で老人に会います。老人は桜の下で忠度の歌を詠み、忠度の弔いを頼み消えます。その夜、忠度の霊が現れ、朝敵のため詠歌が『千載集』に「読み人知らず」とされた無念と最期の様を語り消えます。

【見どころ】忠度は歌人としても有名な武将でした。和歌を詠んだ短冊が印象に残るように、合戦の様よりも和歌への執心を中心に、文と武の世界を描いた名曲です。

竜田 たつた

【あらすじ】僧が竜田社参詣のため竜田川を渡ろうとすると巫女が現れます。巫女は古歌を引き僧の渡河をたしなめ別の道から社へ案内し竜田姫の化身と告げ消えます。その夜竜田姫の神霊が現れ紅葉を賞し神楽を舞います。

【見どころ】宮の作リ物が出て清澄な雰囲気を感じる曲です。前場では竜田川をめぐる古歌などが語られます。後場ではクセと神楽が見どころです。

玉葛 たまかづら

【あらすじ】僧が初瀬川で小舟を操る女に会います。女は古歌にならい小舟で初瀬寺(長谷寺)に参詣すると語り、源氏物語の玉葛の話をし、自分がその霊であると告げ消えます。僧が弔うと玉葛の霊が現れ死後も続く妄執を語ります。

【見どころ】玉葛は多くの男性に想いを寄せられたため、相手だけでなく自らの心も悩ませた女性でした。その妄執のためか、舞などはありませんが不思議な気品の漂う曲です。

田村 たむら

【あらすじ】清水寺で童子が旅僧に、坂上田村麿による清水寺建立の縁起や名所を語り、田村堂に消えます。夜に坂上田村麿の霊が現れ観音の助けで鬼神を退治した様を見せます。

【見どころ】京の春景色、観音の霊験譚が、本曲に明るさを添え「修羅の祝言」とも言われます。前場後場にある〔クセ〕、颯爽としたカケリ、激しい型が連続する終曲が見どころ。

竹生島 ちくぶしま

【あらすじ】竹生島参詣の臣下が、老人と女が乗る舟で、春の景色を尋ねつつ竹生島に着きます。二人は女人禁制を不審する臣下に島の由緒を語り消えます。やがて、天女と龍神が現れ奇瑞を見せます。

【見どころ】見て面白い脇能です。前場は春の美しい景色を語る謡が中心です。後場は天女による優美な舞と、龍神の豪快な舞働が見どころとなる、脇能の名品です。

張良 ちょうりょう

【あらすじ】漢の高祖に仕える張良が下邳(かひ)の土橋で兵法を伝授するという夢を見ます。張良は下邳に行きますが、そこにいた老人に遅参を咎められます。後日、張良が再び行くと黄石公が現れ、秘伝の巻物を張良に授けます。

【見どころ】中国の故事を舞台化した曲です。故事で黄石公が川に沓を投げ、それを張良が拾いますが、その沓を後見が投げるなど、シテだけでなく、ワキの活躍も多い異色の曲です。

土蜘 つちぐも

【あらすじ】病床の源頼光のもとへ怪しげな僧が訪れ蜘の糸を投げかけますが、頼光が刀で斬りかけ僧は姿を消します。騒ぎを聞いた独武者が血痕を辿り蜘塚へ行き、格闘の末、蜘を退治します。

【見どころ】筋の展開もわかりやすく、見た目にも派手な曲です。そのため、初心者でも楽しめる曲です。特に蜘の糸を次々と繰り出す演出が見どころとなる人気曲です。

◇京都市内に二つの蜘蛛塚があります。一つは、上品蓮台寺じょうぼんれんだいじ墓地の隅に椋むくの老樹があって、その根元に蜘蛛塚があります。もう一つ、土蜘の逸話にちなんで作られた蜘蛛塚は、江戸中期の「拾遺しゅうい都名所図会」に見えます。場所は現在の七本松一条あたり。明治になって開発のため取り壊されましたが、このときにかかわった人々が相次いで不幸に見舞われました。その後取り壊し時の遺構が土蜘蛛塚として祀られ、北野天満宮そばの東向観音寺に奉納されました。上品蓮台寺:京都市北区紫野十二坊町33-1 東向観音寺:京都市上京区今小路通御前通西入上る観音寺門前町863〔s.w〕

 

上品蓮台寺の蜘蛛塚

東向観音寺の蜘蛛塚

経政 つねまさ 

【あらすじ】仁和寺の僧である行慶が、源平合戦で討ち死にした平経政を弔います。経政が愛用した琵琶を奏でて供養する管弦講を行います。するとそこへ経政の霊が現れ、琵琶を奏で昔を懐かしみます。しかし、灯火に映える自らの姿を恥じ、灯を吹き消して消えます。

【見どころ】修羅能でありながら琵琶を愛した経政を描く風雅な曲です。クセからカケリが見どころですが、一場物の小品ながら洗練された佳品です。

〔update 2023.05.01

定家 ていか

【あらすじ】雨宿りをする旅僧の前に女が現れ、定家と式子内親王の悲恋を語り、内親王の霊と告げ消えます。僧が弔うと内親王の霊が現れ、経文への報謝の舞を舞いますが、再び定家の執心の葛が墓にまとわりつきます。

【見どころ】前場は内親王と定家の悲恋が、[クセ]を中心に語られます。後場は内親王による〔序ノ舞〕が見どころです。定家と内親王の恋の、妄執を描いた名曲です。

天鼓 てんこ

【あらすじ】天から降った鼓を帝が召し上げようとします。しかし、鼓の持ち主である天鼓は、帝の求めに応じず鼓を隠したため殺されます。天鼓の死後、鼓を打っても一向に鳴りません。帝は天鼓の父を呼び出し、鼓を打たせます。すると鼓は妙音を奏でます。管弦講を催し天鼓を弔うと、天鼓の霊が現れ供養を感謝し鼓を打ち、舞を舞います。

【見どころ】前場では子を失った父の心情が丁寧に語られます。後場は天鼓が主人公となります。自分が愛好した鼓と再会し、その喜びを素直に表現する舞が見どころです。作リ物の鞨鼓台に乗せられた鼓が目を引きます。

藤永 とうえい

【あらすじ】諸国を巡っていた北条時頼が芦屋で宿を借ります。そこで領地を叔父の藤永に横領された月若と会います。時頼は浦で酒宴に興じる藤永の元へ行き舞などを所望した後、名を名乗り藤永を責め領土を返させます。

【見どころ】叔父の藤永に横領された領地を取り返すところ迄を描いた劇的な曲です。藤永による男舞、時頼の所望により船の縁起を舞うクセと羯鼓などが見どころの曲です。

道成寺 どうじょうじ

【あらすじ】道成寺の鐘供養に白拍子の女が現れ、女人禁制の寺内で舞を舞います。女が鐘に近づくと鐘が落下し、女は鐘の中に消えます。やがて、鐘が再び上がり鬼女が現れますが、住僧の法力により祈り伏せられます。

【見どころ】まず、大きな鐘に圧倒されます。〔乱拍子〕から〔急ノ舞〕、落下する鐘の中へ飛び込む中入、僧との緊迫した対決が見どころ。

唐船 とうせん

【あらすじ】日中で争いがあり中国の祖慶官人が日本に抑留されます。そこへ、中国に残してきた二人の子供が官人を迎えに来ます。主の箱崎の某は、官人が日本でもうけた二人の子供も連れての帰国を許しません。しかし、悲しむ親子の姿を見て帰国を許します。

【見どころ】日本が舞台でありながら中国人が主人公の異色曲です。大掛かりな船の中に四人の子供を乗せ、帰国できる喜びの舞を舞う〔楽〕が見どころです。

東方朔 とうぼうさく

【あらすじ】武帝の星祭の場に老人が現れます。老人は青い鳥が飛ぶのは西王母が三千年に一度実る桃を捧げに来る知らせだと告げ消えます。やがて仙人の東方朔と西王母が現れ、桃の実を帝に捧げ舞を舞います。

【見どころ】祝福に満ちた曲です。本曲は東方朔と西王母の二人が一緒に舞うなど、異色の脇能です。上演されることが少ない、金春流ゆかりの曲です。

東北 とうぼく 

【あらすじ】旅僧が東北院の梅を眺めていると女が現れます。女は和泉式部が植えた梅であると教え、実は自分がこの花の主だと告げ消えます。やがて、和泉式部の霊が現れ、歌舞の菩薩になったことを語り、舞を舞います。

【見どころ】多くの恋愛遍歴がある和泉式部を主人公にした曲です。梅が美しく描写されています。後場の序ノ舞が見どころとなる、しっとりとした趣のある曲です。

 とおる

【あらすじ】都へ上った旅僧が河原院を訪れ、潮汲みの老人に会います。老人は昔、源融がこの地に塩釜の浦の至景を移したことを語り、僧に潮汲みの様を見せ消えます。その夜、源融の霊が現れ、月下に舞を舞います。

【見どころ】源融が都へ塩釜の至景を移したという、王朝の優雅な情趣を、月光の下に詩的に描いた曲です。詞章・節付ともに優れた名曲で、後場の舞が見どころです。

木賊 とくさ

【あらすじ】旅僧たちが帯同する少年松若の故郷である信濃の園原山へやって来ます。そこで木賊刈りをする老人に会います。僧はこの地の伏屋の森にあり歌に詠まれている帚木の歌について老人に尋ねます。老人はその歌について語ると僧たちを自宅に招きます。老人は行方不明になっている子供の話をし、子供の行方を知っている旅人がいるかもしれないと思い、旅人を宿泊させていると語ります。老人は子供が舞が得意だったことを語り、往時を偲び舞を舞います。やがて旅僧が連れていた松若がわが子であることが分かり父子が再会を果たします。

【見どころ】世阿弥晩年の隠れた名曲ですが、上演機会が極めて稀な大曲です。舞台である園原の和歌にまつわる話、行方不明の子供への想い、子供の形見を身に着けての序ノ舞、父子の再会と見どころが続きます。老父と子の再会を描いた異色の大曲です。

 

知章 ともあきら

【あらすじ】僧が須磨の浦にある平知章の卒都婆に立ち寄ります。そこへ男が現れ、浜戦の逸話などを語り消えます。やがて知章の霊が現れ、一の谷の合戦で父知盛をかばって討ち死にした知章の最期を語ります。

【見どころ】合戦の中での父と子の死別を描いた曲です。前場は語リが中心です。後場はクセから中ノリ地への、知盛の歎きと若武者知章の最期の様が見どころです。

 ともえ

【あらすじ】僧が近江の粟津で、義仲を祭る社の前で泣いている女に会います。女は義仲への弔いを勧め消えます。やがて、先刻の女が武者姿で現れ、巴御前の霊と告げ、義仲との別れと戦いの様を語り消えます。

【見どころ】『平家物語』を素材とした修羅能で、女武者を主人公とする唯一の曲です。後場の義仲を描いたクセ、女武者による薙刀さばきが見どころです。

◇滋賀県大津市馬場1丁目、旧東海道に沿って義仲寺ぎちゅうじという小さな寺があります。このあたり、古くは粟津ヶ原あわづがはらと言われていました。この寺に木曽義仲の墓、巴塚、そして松尾芭蕉(1644~1694)の墓があります。江戸時代中期までは木曽義仲を葬った小さな塚でしたが、周辺の美しい景観をこよなく愛した芭蕉が度々訪れ、のちに芭蕉が大阪で亡くなったとき、「骸からは木曽塚に送るべし」との遺志により義仲墓の横に葬られました。〔s.w〕

義仲寺

巴塚

義仲公墓

松尾芭蕉翁墓

朝長 ともなが

【あらすじ】〈朝長〉のあらすじは「源朝長ゆかりの僧が平治の乱後に自害した朝長を弔うため美濃の青墓へ行きます。そこで僧は青墓の宿の長者の女と出会います。女は乱後、落ちのびた源義朝一行を家に泊めたが、深手を負った次男の朝長が父たちの足手まといになると考え自害をしてしまった、と語ります。僧が長者の家で観音懺法(かんのんせんぽう)をしていると朝長の霊が現れ、死後も弔ってくれる長者に感謝しつつ、修羅の苦しみや朝長最期の様を語る」という内容です。

【見どころ】前場は青墓の宿の長者による[語り]が中心。後場は[クセ]から[中ノリ]が見どころです。「懺法」の小書(特殊演出)がついた時は、太鼓の低い特殊な音色に導かれるように後ジテが登場します。この「懺法」は重い習物(高度な技術や深い表現力が必要とされ、特別な伝授を受けることを前提として上演される曲)であり、太鼓方では一子相伝の秘事とされています。

な行

難波 なにわ

【あらすじ】三熊野から都へ帰る朝臣たちが難波で梅の木陰を清める老人たちに会います。老人は「難波津に咲くやこの花…」の歌や、泰平の世のめでたさを語り、自分たちは王仁と梅の精であると自ら名乗り消えます。やがて王仁とこのはなさくや姫が現れ、二人は天下泰平の春を祝して舞を舞います。

【見どころ】脇能の中では上演が比較的稀な曲です。『古今和歌集』仮名序の和歌に基づき、前場は仁徳天皇の治世を讃えるクセ、後場は王仁による楽(がく)が見どころです。また、〈難波〉ではツレが重視されており、ツレの舞も見どころです。

錦木 にしきぎ

【あらすじ】僧が狭布の里で錦木と細布を売る夫婦に会います。夫は男が想う女の門前に錦木を立てる風習、それを三年続けた男の話をし、僧を錦塚へ案内すると消えます。僧が弔うと夫婦の霊が現れ、夫が錦木を三年間立て、妻への想いを遂げた歓喜の舞を舞います。

【見どころ】錦木伝説にまつわる話を、多くの和歌を散りばめた歌物語として美しく描いています。前場では錦木について語る語リ、後場はクセと、歓喜の舞が見どころです。

 ぬえ

【あらすじ】旅僧が摂津の芦屋に着き、洲崎の御堂に泊まります。そこへ怪しげな異形の者が現れ、自分は鵺の亡身であると語り頼政の鵺退治の故事を語り消えます。僧が弔うと鵺の亡霊が現れ、鵺の最期の有様を語ります。

【見どころ】前場は頼政の鵺退治を語るクセが中心です。後場は中ノリでテンポよく謡われる鵺の最期の有様が見どころです。敗者を主人公とした哀感の漂う佳品です。

野宮 ののみや

【あらすじ】旅僧が京都嵯峨野の野宮の旧跡で女と出会います。女は夫との死別、光源氏との離別を語り、六条御息所の霊と告げ消えます。その夜、後息所の霊が現れ、葵上とのの車争いなどを語り、懐旧の舞を舞います。

【見どころ】前場は光源氏との昔を語るクセ、後場は懐旧に浸って舞われる序ノ舞が見どころです。動きは少ないですが、御息所の複雑な心情をしっとりと細やかに描いた名曲です。

野守 のもり

【あらすじ】山伏が春日野に着き、その地にある池について野守の老人に尋ねると、野守の鏡だと教え鏡の故事を語り、真の鏡を見せようと告げ消えます。その夜、地獄の鬼が現れ三界を映す鏡を山伏に与え去って行きます。

【見どころ】野守の鏡に関する故事を舞台化した曲です。鬼能ではありますが、激しさだけではなく、芸術性の高い、ある種の神秘性さえ感じさせる異色の作品です。 

は行

羽衣 はごろも

【あらすじ】漁師の白竜が三保の松原で、天の羽衣を見つけます。そこへ天人が現れ羽衣を返して欲しいと頼みます。白竜は返す代わりに天人の舞楽を所望します。天人は舞を舞い天空へ飛び立ちます。

【見どころ】一般にも広く知られている人気曲です。上演頻度も高いのですが何度見ても面白い曲です。筋も分かりやすく、のどかで明るい曲です。後半の舞が特に見どころ。

夕顔町にある石碑

半蔀 はしとみ

【あらすじ】京都紫野の僧が仏へ供えた花の供養を行うと女が現れます。女は夕顔の花を捧げ五条辺りの者と語り消えます。僧が五条を尋ねると、半蔀を下ろした家から夕顔の霊が現れ、光源氏との昔を語り舞を舞います。

【見どころ】夕顔の光源氏への恋慕を描いた佳品です。舞台には蔀戸を模した作リ物が出ます。光源氏との昔を語るクセ、夕顔の霊による舞が見どころです。

◇京都五条あたりの夕顔町は夕顔が住んでいたとされる界隈の町名です。物語のヒロイン名が実際の町名になっています。京都市下京区堺町通高辻下ル〔s.w〕

橋弁慶 はしべんけい ⇒動画はこちらから

【あらすじ】ある日、弁慶は従者から最近五条橋に、人を斬り、刀を奪う少年が現れるという話を聞きます。弁慶はその少年を退治するため、五条橋へ向かいます。すると、少年が現れます。少年の早業に、弁慶は薙刀を振りかざし応戦しますが、薙刀を打ち落とされ降参します。弁慶は少年が源義朝の子牛若と聞き主従を誓います。

【見どころ】弁慶を主人公とした曲で、現在物の代表的な曲です。薙刀を振るう弁慶の剛勇と、牛若との斬り合いが見どころです。また、ワキが登場しない珍しい曲でもあります。

芭蕉 ばしょう

【あらすじ】唐土の楚国の僧のもとに、仏縁を求める女がやって来ます。女はお経を聞き、草木でも成仏できることを喜び、実は芭蕉の精であると告げ消えます。その夜、芭蕉の精が現れ、世の無常を語り、舞を舞います。

【見どころ】芭蕉の精の姿を中年の女性姿で描き、この世の無常を説く曲です。特に後場の無常を説くクセ、芭蕉の精による舞が見どころとなる、金春流ゆかりの一曲です。

鉢木 はちのき

【あらすじ】雪の夜、佐野常世が旅僧に植木鉢の木を焚きもてなします。常世は横領に遭い貧窮の身ですが鎌倉武士の気概を語ります。後日、召集があり常世が駆けつけると、あの僧が時頼であり、旧領を戻し新領を与えます。

【見どころ】能の中では珍しく演劇的な曲です。雪夜の宿の詩的な風情、身分の高い時頼が身をやつし諸国を巡る話と、鎌倉武士の心意気を描いた人気曲です。

初雪 はつゆき      

【あらすじ】ある朝、出雲大社の神主の姫が、侍女の夕霧から、姫が可愛がっていた初雪という名の白い鶏が死んだと告げられます。悲しみにくれる姫は上臈たちを集め、初雪を弔うことにします。弔いをすると、初雪の霊が空から舞い降り、懐かしそうに舞を舞います。初雪は成仏できたことを告げ飛び去ります。

【見どころ】現在、金春流でのみ演じられている大変珍しい曲です。前場は初雪を失った姫の悲しみが中心となります。後場は霊となった初雪による舞が中心となり、見どころとなります。白鶏が舞を舞うという異色曲で、金春流ゆかりの曲でもあります。

花筺 はながたみ

【あらすじ】味真野に住む照日前の元に、大迹部皇子(おおあとべのみこ)(継体天皇)から別れの文と花筺が届けられます。ある日、行列を遮った狂女に天皇が舞を所望します。手に持つ花筺を見た天皇は照日前と気づき、共に皇居へ帰ります。

【見どころ】照日前の天皇への恋慕を背景に、流麗な謡と美しい型が連続する、見どころの多い曲です。特に[クセ]は、「李夫人の曲舞」と呼ばれ見どころです。 

班女 はんじょ

【あらすじ】遊女花子が吉田少将と結びの扇を交わします。班女と呼ばれた花子は、扇に見入るばかりで勤めを果たさないため宿を追われます。少将が賀茂社へ参詣すると、舞を舞う女に会い扇から花子と分かり再会します。

【見どころ】純粋な恋慕の情を描いた傑作です。二人を結ぶ扇を中心に、班女の純粋な想いが語られます。後半のクセや班女による舞が見どころとなる人気曲です。

光の素足 ひかりのすあし 

桧垣 ひがき

【あらすじ】百歳ほどの老女が、肥後の岩戸山に住む僧のもとへ、仏に供える水を毎日汲んで来ます。僧が名前を訪ねると『後撰集』の一首を引き、その歌は自分が詠んだ歌であると語ります。老女は近くの白河のほとりに昔住んでいた白拍子(舞人)と語り弔いを求め消えます。僧が白河へ行くと桧の垣根で囲まれた庵から、女の霊が現れます。女は美しい白拍子でしたが、そのために男を惑わした罪により、熱鉄の桶で炎を汲み続けている地獄での苦しみを語ります。そして、昔、藤原興範の求めで舞った舞を僧に見せ、僧に救いを求めます。

【見どころ】金春流の老女物は〈関寺小町・伯母捨・桧垣・卒都婆小町〉の四曲です。特に〈関寺小町・伯母捨・桧垣〉を三老女と呼びます。〈桧垣〉は〈関寺小町〉に次いで〈姨捨〉と並ぶ能の最奥義の曲の一つとされています。謡・型・囃子など随所に秘伝・口伝がある秘曲ですが、特にクセから序ノ舞そして余韻を残す終曲まで、見どころ・聞きどころが続きます。

雲雀山 ひばりやま

【あらすじ】右大臣豊成は讒言を信じ、息女中将姫を殺すよう命じますが、乳母侍従等の厚意で雲雀山に身を隠します。侍従が姫を養うため花を売っている所に豊成が来ます。侍従を見た豊成は先非を悔い姫と再会します。

【見どころ】姫を思う侍従の狂乱を描いた異色作です。後場の乳母の侍従による、花を買うことの懇願、姫の境遇を語る場面から、舞が見どころです。

氷室 ひむろ

【あらすじ】亀山院の臣下が丹波氷室山で氷室を守る老人に会います。老人は夏でも溶けぬ氷の由来を語り、今夜氷調(ひつき)の祭を見せると告げ消えます。やがて天女が現れ舞を舞い、氷室の神も現れ氷を守り都へ送り届けます。

【見どころ】前場は動きが少なく、氷についてをクセが中心です。後場は天女による美しい天女ノ舞と、それとは対照的な、氷室の神による舞働が見どころです。 

百万 ひゃくまん

【あらすじ】男が少年を連れ大念仏中の嵯峨へ来ます。そこへ狂女が現れ念仏の音頭を取ったりします。女は行方不明の子供を捜す女曲舞の百万。神へ捧げる舞を舞うと、少年が名乗り出て、母と子が再会します。

【見どころ】母と子の再会を描いた物狂能です。子を探す母の心情を背景に、車ノ段・笹ノ段・クセ・立廻リと、見どころ・聞きどころが連続する、大変面白い名曲です。

富士山 ふじさん

【あらすじ】唐の昭明王に仕える臣下が、日本の富士山を訪れます。すると、そこへ海人の女が現れます。女は霊山富士の縁起を語り、不死の薬を臣下に授けることを約束し、姿を消します。やがて、かぐや姫の神霊と火の御子が現れ、臣下に不死の薬を与えると、舞を舞い、空へと消えます。

【見どころ】上演機会が非常に少なく、あまり見ることが出来ない曲です。前場は海人女の姿をした女神によるクセが中心です。後場は颯爽と舞われる天女ノ舞と、どっしりとした楽が見どころです。ぜひ見ておきたい稀曲です。

富士太鼓 ふじだいこ

【あらすじ】富士が皇居での管弦の会で太鼓の役を望みますが、既に太鼓の役に決まっていた浅間に恨まれ討たれます。皇居に行き夫の死を知った妻は、太鼓を敵とみなし太鼓を打っては舞い舞っては狂い恨みを晴らします。

【見どころ】鞨鼓台の作リ物が目を引きます。前半では夫を失った妻の悲しみがじっくりと謡われます。後半は太鼓を打っては舞う、妻の舞が見どころです。

藤戸 ふじと

【あらすじ】佐々木盛綱が備前の児島に領主として入ります。そこへ女が現れ、盛綱が我が子を殺した恨みを述べます。盛綱は非を認め供養を約束します。盛綱が弔うと魚夫の霊が現れ苦痛を述べますが弔いにより成仏します。

【見どころ】この曲には舞などの舞踊的な要素はありませんが、その分、犠牲となった庶民の苦悩が写実的な所作とともに語られます。ワキの語りも重く扱われる異色の曲です。

二人静 ふたりしずか

【あらすじ】若菜を摘む女の元へ化女が現れ、供養を頼み消えます。菜摘女が吉野勝手明神の神職に話すと、女に静御前の霊が憑きます。静は宝蔵にあった舞装束を着て、義経との昔を語り、舞を舞い、回向を頼み消えます。

【見どころ】静御前と義経の恋慕と別れを描いた曲です。二人静と曲名にもあるように、シテとツレが同じ装束で舞う相舞の序ノ舞、クセが中心となり見どころです。

船橋 ふなばし

【あらすじ】山伏が旅の途中に上野の国(現群馬県)の佐野で二人の男女に出会い、橋を建立するための寄付を求められます。男は親に恋をさかれ命を落とした、という船橋にまつわる悲恋の話をし、実は自分たちがその当事者であると語り弔いを求めて消えます。やがて二人の男女の霊が現われ、二人が船橋から落ち命を落とした様を見せますが、山伏たちの弔いにより成仏します。

【見どころ】世阿弥が古作を改作した曲です。前場では語リからクセにかけて二人の悲恋が描かれます。〈船橋〉はクセで中入リという珍しい構成になっています。後場にもツレの女が登場するのは、後のシテ一人主義とは違う、劇的で古風な面影が残っているところです。キリは修羅物で多く使われる中ノリの謡が特色です。若い男女の物語ですが重厚な趣を感じる世阿弥の名作です。

〔update 2020.08.23〕

 

船弁慶 ふなべんけい

【あらすじ】義経は頼朝との不和から西国に下ります。途中、大物浦(だいもつのうら)の船宿で、義経を慕う静御前をさとして帰すことにし、別れの酒宴を開きます。一行が舟出をすると波風が激しくなり知盛以下、平家の怨霊が現れ襲いかかりますが、弁慶が法力で退散させます。

【見どころ】とても人気のある曲です。前場は静御前の優美な舞が見どころです。後場は一転、平知盛と弁慶の対決など、激しい動きが連続します。〔替ノ出〕という小書(特殊演出)がつくと、常よりも変化に富んだ舞台となります。能が持つ静と動の面白さを堪能できる名曲です。

放下僧 ほうかぞう

大道芸人に身をやつして仇かたきを狙う兄弟。禅問答で仇に近づくのも中世らしい物語です。放下僧とは、半僧半俗の芸人のこと。敵討の風俗、禅の流行、様々な芸能など、中世の世界をそのまま舞台に再現します。とくに小歌(こうた)は見どころ聞きどころです。

◇敵役である刀禰(利根)の信俊は夢見の悪さを気にかけ、瀬戸の三島神社に供人を連れて参拝します。瀬戸神社は横浜市金沢区にある神社で、瀬戸三島明神とも呼ばれます。信俊はこの境内で兄弟に討たれます。京浜急行・金沢八景駅下車、徒歩3分くらい。神社前の、国道を隔てて広がる平潟湾は湘南の景勝地として知られ、金沢八景と名づけられました。瀬戸神社:横浜市金沢区瀬戸18-14〔s.w〕

ま行

巻絹 まきぎぬ

【あらすじ】宣旨により軸に巻き付けた反物である巻絹を熊野権現に諸国から納めさせることになりました。巻絹を運んでいた都の男が途中で音無天神へ立ち寄り和歌を手向けます。しかし、そのために男は遅参してしまい捕縛されてしまいます。

【見どころ】憑き物の能は数が少なく貴重な曲です。捕縛された男の縄を解くなど、能では珍しい具体的な演技が見られます。神がかりの巫女による神楽が見どころです。

〔update 2023.05.01〕

枕慈童 まくらじどう

【あらすじ】昔、中国の周の慈童が王の枕をまたいだ罪により山に流されます。七百年後、魏の文帝の勅使が不老不死の菊水の功徳により仙人となった慈童に会います。慈童は菊水を称え御代を寿ぎ舞を舞います。

【見どころ】小品の趣ですが、めでたく面白い曲です。舞台では後半が中心に演じられます。勅使の前で楽しそうに舞われる楽、帝に長寿と祝福を捧げる終曲部が見どころ。

松風 まつかぜ

【あらすじ】旅の僧が須磨の浦で、二人の若い海人の住む塩屋に泊めてもらいます。僧が在原行平の古跡である松の話をすると、女は涙を流し、実は、須磨に流された行平に昔仕えていた、松風・村雨の霊と名乗ります。松風は死後も続く恋慕の情を述べ、行平の形見の装束を身に着け、行平を想い、舞を舞い、僧に弔いを頼み、夜明けとともに消えます。

【見どころ】しみじみとした味わいのある名曲です。前半は月光の下、汐汲車を引きながら汐を汲む情緒、後半は形見の衣を抱く哀切から、舞が中心となり見どころです。

三井寺 みいでら

【あらすじ】人買いに我が子をさらわれた母親が、清水観音の夢の告げにより三井寺へ行きます。母親は狂女の体で名月の下、鐘を撞きます。それを僧に咎められますが、僧の中に我が子がおり再会を果たします。

【見どころ】琵琶湖畔の名所尽くし、鐘ノ段、鐘尽くしのクセと、聞きどころ見どころの多い曲です。鐘楼を模した作リ物を中心に展開する、狂女物の名曲です。

 みだれ

【あらすじ】親孝行の高風に夢のお告げがあり、酒を売って富貴の身となります。そこへ海中の猩々が現れます。高風は猩々の言葉に従い潯陽(じんよう)の江で酒をたたえて待つと、猩々が現れ舞を舞い汲めども尽きぬ霊酒を授けます。

【見どころ】〈猩々〉に乱の小書(特殊演出)が付き、曲名も〈乱〉となります。乱の舞の後、中ノ舞となる等、舞の醍醐味を楽しめる演出となります。

通盛 みちもり

【あらすじ】阿波の鳴門で僧が平家の弔いをしていると、舟に乗った老漁師夫婦が現れます。彼らは平通盛夫婦の霊で、妻の小宰相局(こざいしょうのつぼね)の入水の様を語り消えます。僧が弔いをしていると通盛夫婦の霊が現れ、一の谷合戦前の夫婦の語らい、通盛の出陣から討ち死にまでの様を語りますが、僧の弔いにより成仏します。

【見どころ】上演が稀な曲ですので上演がある際は必見の曲です。前場は舞台を海に見立て、舟の作リ物が効果的に使われ目を引きます。小宰相局(こざいしょうのつぼね)の入水の様が語られますが、動きは少なく静かに前場は展開します。後場は夫婦の別れを描くクセから通盛最期の場面、そして、修羅の苦しみだけでなく夫婦の情愛をも感じさせるカケリが見どころです。修羅能でありながら合戦の描写よりも夫婦の情愛を中心に描いた、井阿弥原作・世阿弥改作の異色曲です。

御裳濯 みもすそ  

【あらすじ】当今に仕える臣下が伊勢神宮を参詣後、二見(ふたみ)の浦へ行きます。そこへ神田に水を引き入れている老人と男に会います。臣下が川の謂れを老人に尋ねると、神鏡を戴いた倭姫の尊(やまとびめのみこと)が諸国を巡り、この地へやって来た時に裳の裾の汚れを川の水で濯いだことから、御裳濯川と名づけられたと語ります。その時、倭姫の尊が田を作っていた翁に「伊勢神宮の神が鎮座するのにふさわしい所はありますか」と尋ねます。翁が道案内をした所がいま伊勢神宮がある所なのです、と答えその翁が今の興玉の神(おきだまのしん)であると語ります。また、老人は神が瀬と神風の謂れ、伊勢神宮の謂れを語り、自分が興玉の神であると告げ消えます。するとその夜、臣下が旅寝をしていると、興玉の神が現れ舞を舞い泰平の御代(みよ)を祝福します。

【見どころ】世阿弥時代には成立していた脇能(神能)です。前場は御裳濯川の由来を語る〈クセ〉が中心ですが、動きが少なく聞きどころです。後場は神舞が中心となり見どころです。金春流でしか演じられていない曲で、しかも、金春流でも演能が少ない稀曲です。

三輪 みわ

【あらすじ】玄賓僧都に樒(しきみ)と水を供える女が衣を求め、三輪山の二本杉へ来るようにと告げ消えます。僧都が訪ねると神詠が記された衣が杉に掛かっています。僧都が祈念すると三輪明神が現れ舞を舞います。

【見どころ】神道の清らかさを背景に神婚説話・天岩戸説話が描かれます。前場は三輪山の伝説を語るクセが中心になります。後場は三輪明神による神舞が見どころです。金春信高宗家により復活された三光という特別重習の小書(特殊演出)があります。幕の中へ消え、天の戸隠れを表すなど、常とは異なる大胆な演出となります。

六浦 むつら

【あらすじ】僧が六浦の称名寺で一本だけ紅葉していない楓(かえで)を見つけます。里の女が昔冷泉為相が歌に詠んで以来、紅葉しなくなったと教え楓の精であると告げ消えます。やがて、精が現れ四季の移ろいを語り、舞を舞います。

【見どころ】草木成仏をテーマにした曲で、類曲の芭蕉にも似た静かな曲です。四季の変化と無常を語るクリ・サシ・クセから、楓の精による舞が見どころとなる曲です。

室君 むろぎみ

【あらすじ】播州(現・兵庫県)室の明神の神職が、神事のため室君(遊女)たちを舟に乗せ、囃子物をしながら神前へ来るよう命じます。やがて室君たちが舟に棹をさして現れ、謡い囃して舞を舞います。すると天から韋提希夫人(いだいけぶにん)も現れ舞を舞います。

【見どころ】金春流ではシテの謡が全くない唯一の曲です。そのためか、上演機会が極めて稀な曲です。この曲ではツレの室君(遊女)が主役級に活躍します。そのツレが舞う舞と、シテの韋提希夫人が舞う舞が見どころです。

望月 もちづき

【あらすじ】同郷の望月秋長に殺害された安田荘司友治の妻と子の花若が、故郷信濃を旅立ち、昔の家来小沢刑部友房が宿主である宿屋に泊まり、一同は偶然の再会を喜び合います。そこへ敵の望月秋長も都から信濃へ向かう途中、この宿に泊まります。仇を討つこの好機に、妻は盲人のフリをしてクセを、花若は稚児に扮し鞨鼓と、各人が芸を見せ望月に近づこうとします。シテの友房は望月の様子をうかがいながら、獅子舞を舞い、すきを見つけて花若と共に望月を討ちます。

【見どころ】劇的な構成を持つ作品で物語の展開も分かりやすく、とても面白い曲です。劇的な展開の能は詞(会話の部分)が多くなる傾向があります。中でも〈望月〉は謡の部分が一曲を通して少なく、特にシテの謡が極端に少ないという、非常に大胆かつ珍しい曲です。

〈望月〉はクセ・鞨鼓・獅子舞など中世に親しまれた芸能を取り入れた芸尽くしの大曲です。

求塚 もとめづか

【あらすじ】僧が生田で若菜摘みをする女に出会います。女は僧を求塚に案内し、二人の男に求婚され悩み入水自殺をした菟名日処女(うないおとめ)の話をし消えます。僧が弔うと菟名日処女の霊が現れ地獄の苦しみを訴えます。

【見どころ】金春流では平成三年に復曲された曲です。前場での若菜摘みの明と後場で地獄を描く暗が見事に対比された曲です。終曲でも救いがない、異色の曲です。

紅葉狩 もみじがり

【あらすじ】平維茂(たいらのこれもち)が戸隠山の山中で上臈の女性の宴席に誘われます。実はその女の正体は鬼女でした。それとは知らず、維茂は酒に酔い前後不覚となります。しかし、末社の神の夢の告げにより正気に戻った維持が、鬼女と戦い退治します。

【見どころ】観世信光作です。前場に鬼退治物には珍しい女性の優美な舞があるのが特色です。しかし、維茂が眠ると静かな舞が急テンポな舞に変わり、女が鬼女であることを暗示させます。アイの末社の神が維茂に女が鬼女であることを告げるなど間狂言にも工夫が凝らされています。後場は鬼女と維茂との戦いの場面が見どころです。ワキの維茂が活躍する風流能らしい、派手でショー的な要素の強い人気曲です。なお、金春流には鬼が通常よりも多く出てより面白味を増す「群鬼ノ伝」(第79世宗家金春信高作)という人気の小書(特殊演出)があります。

盛久 もりひさ

能〈盛久〉の作者は世阿弥の『五音(ごおん)』の記述から、世阿弥の息子観世元雅です。

【あらすじ】平家方の盛久が捕らえられ、土屋三郎によって護送される途中、盛久は信仰する清水観音を拝み、やがて処刑される鎌倉へ到着します。処刑前、盛久が観音経を唱えると、刑吏の刀が折れるという奇跡が起こります。頼朝の酒宴に呼ばれた盛久は、観音を願う力による奇跡ということで頼朝から許され、舞を舞い退出します。

場面は、京都・盛久幽閉の館、京都・東山清水寺、京都から鎌倉への道行、鎌倉・盛久幽閉の館、鎌倉・由比ヶ浜、鎌倉・頼朝の御所、と何度も変わります。

◇文治元年(1185)3月24日、壇ノ浦の戦いに敗れて平氏は滅亡。逃亡していた平氏の武将・平盛久は捕らえられ、鎌倉に護送されます。由比ヶ浜で処刑される寸前、観音菩薩の奇跡がおこり、盛久は源頼朝により助命されます。
◇主馬(しゅめ)盛久(平盛久)頸座(くびのざ)は江ノ電 由比ヶ浜駅 下車徒歩4分、鎌倉市長谷1-7-2 鎌倉FMの近くです。〔s.w〕

 
や行~ら行

八重桜 やえざくら

【あらすじ】時の帝の臣下が、南都詣でのために春日の里に来ます。満開の八重桜を愛で眺める春日の明神に仕える翁に、その八重桜の謂れを尋ねると、これこそ「いにしえの奈良の都の八重桜 今日九重に匂いぬるかな」と詠まれし桜なりと語り、併せて春日の明神の来歴についても語ります。臣下が不審に思い、いかなる人やらんと問うと、春日明神の末社、水谷神(みずやのしん)と言い残し消え失せます。所の者の勧めに従い、臣下その地に逗留すると、月春の夜の神楽の響く中、水谷神が現れ、颯爽たる舞を舞い、国栄え、民豊かに、曇なき御代をことほぎます。

 作者不詳。2024年(令和6)4月に復曲初演。なお、小書として、八重桜の立木を出す場合は、表題を「奈良八重桜」とします

 

八島 やしま 

【あらすじ】八島の浦の老海士が西国行脚の僧に宿を貸します。老人は僧に八島の戦での戦いの様を語り、義経の化身であることをほのめかして消えます。その夜、僧の夢に義経の霊が現れ、弓流しや平教経(のりつね)との戦いのさまを語ります。

【見どころ】世阿弥作の修羅能です。前場・後場とも夢幻能の完備形式を備えた大構成の曲です。〈田村・箙〉とともに「勝修羅」と呼ばれていますが、勝利の華やかさだけでなく、修羅能の持つ暗い雰囲気も見事に描かれています。〈八島〉は義経が亡霊のシテとして登場する唯一の曲です。なお、金春流では他流と違いシテツレが後場にも残ります。これは昔、シテツレが地謡を兼ねていた時代の名残かもしれません。

山姥 やまんば

【あらすじ】都の遊女百万山姥(ひゃくまやまうば)が、善光寺詣での途中、山中で老女に会い宿を借ります。老女は遊女に山姥のクセ舞謡を所望し消えます。やがて、老女が山姥姿で現れ、遊女の謡に合わせ、山廻りのクセ舞を舞います。

【見どころ】前後場を通じ、鬼気の充満した曲で山の神秘性がよく表されていますが、一種の優美さもあります。山廻りの様を見せる[クセ]が見どころとなる迫力に満ちた曲です。

夕顔 ゆうがお

【あらすじ】旅僧が五条あたりを訪れると、和歌を詠む女の声が聞こえてきます。女はこの場所が河原院であり、光源氏と夕顔のことを語り消えます。僧が弔いをしていると、夕顔の霊が現れ舞を舞い、解脱をとげたことを告げ消えます。

【見どころ】2018年(平成30年)2月17日に山井綱雄師により、江戸時代初めの記録以来、金春流では約400年ぶりに復曲されます。また、『駒井日記』によれば希代の能好きで金春流を愛好した豊臣秀吉が、吉野の花見の際に宇喜多秀家所演の〈夕顔〉を見ています。前場は光源氏との昔を語るクセ、後場は夕顔の解脱へと至る序ノ舞が見どころです。なお、本文は江戸時代の金春流謡本である『六徳本』をもとに、80世金春流御宗家・金春安明師が手掛けています。通常、こうした作業は他流では研究者に依頼するのが常です。しかし、金春安明師は能の研究者でもあり、番外曲の復曲作業を自流で出来るのは金春流だけの強みです。

遊行柳 ゆぎょうやなぎ

【あらすじ】諸国をめぐる遊行上人の一行が白河の関へやって来ます。すると老人が現れ一行を道案内し、柳にまつわる西行の歌について語ります。さらに老人は名木の「朽木の柳」を教えると、塚の中へ消えます。その夜、遊行上人が柳へ経をあげていると、塚の中から白髪の老いた柳の精が現れ、上人の御法に感謝をします。柳の精は揚柳観音や『源氏物語』の柏木の恋など柳にまつわる説話を語り舞を舞います。

【見どころ】〈遊行柳〉は閑寂さとともに華やかさも求められることから、「位甚(はなは)だ大事なり」「上手年功の外、若輩のせざる能」と、『隣忠秘抄』にも記されているほど、古来からの大曲です。老人による序ノ舞が最大の見どころです。

〔2022.10.27 能楽研究家後藤和也〕

弓矢立合 ゆみやのたちあい 

弓八幡 ゆみやわた

【あらすじ】後宇多院の勅使が石清水八幡宮に参詣すると老人に出会います。老人は桑の弓・蓬の矢で天下を治めた神代の話や、八幡三所の縁起を語ります。老人は自分が高良の神であると名乗り消えます。やがて、高良の神が現れ颯爽と舞を舞い、八幡の神徳を讃えます。

【見どころ】前場は八幡三所の縁起を語るクセが中心です。後場は高良の神が爽やかに舞う、神楽という舞が見どころです。泰平の世を祝福する、脇能を代表する素直な構成の祝言能です。

熊野 ゆや

【あらすじ】熊野が都で平宗盛に仕えています。そこへ、故郷から侍女の朝顔がやって来て、母が重病であることを告げます。熊野は母の文を読みますが、宗盛は帰国を許可せず、熊野を伴い花見へ行きます。熊野は宗盛の求めに応じ、舞を舞い、母を想う歌を詠みます。歌に感じた宗盛は熊野の帰国を許します。

【見どころ】春の桜を背景に、母を想う熊野の心情が丁寧に描かれた人気曲です。文ノ段、花見車での道行、舞、帰国の喜びと見どころの多い曲です。

楊貴妃 ようきひ 

養老 ようろう  

【あらすじ】霊泉を訪れた勅使に、年老いた孝子が養老の滝の縁起を語ります。勅使が薬水に歓喜すると、奇瑞とともに山神が現れます。山神は水にこと寄せて、御代を寿ぎ、舞を舞います。

【見どころ】「養老の滝」の霊泉出現の話を舞台化した曲です。前ジテが現実の老人であるなど、一風変わったところがあります。後場の壮快な舞が見どころです。 

頼政 よりまさ 

【あらすじ】旅の僧が宇治の里で老人に会い、平等院に案内されます。そこで老人は、頼政が自害した跡である扇の芝について語り、頼政の霊と告げ消えます。その夜、頼政の霊が現れ、橋合戦や自害の様を見せます。

【見どころ】老武者ものですが、かなり強い動きのある曲です。前場は名所教えの謡が聞きどころです。後場は[クセ・語リ・中ノリ地]と、戦物語が連続し、見どころです。

弱法師 よろぼうし

【あらすじ】盲目の乞食僧弱法師が天王寺の施行の場に現れます。弱法師は梅の香りに戯れつつ寺の縁起を語り、心眼に浦の景色を映し出します。施主高安通俊は、弱法師が生別した息子俊徳丸と気付き、二人で帰郷します。

【見どころ】盲人を主人公とする曲ですが、悲惨さも余り無く、清純な少年の遊狂を楽しみたい曲です。前半は天王寺の縁起を説く[クセ]が中心となります。後半は〔イロエ〕から、親子の再会を描く終曲部が見どころとなる名作です。

籠太鼓 ろうだいこ

【あらすじ】牢中の関清次が逃げたことを知り、松浦の某は身代わりに妻を入牢させます。妻は突然のことに狼狽します。不憫に思った松浦は、夫の在所を教えれば解放すると告げますが、妻は拒絶します。牢番が時の鼓を打つと、妻も夫への恋慕から狂乱し太鼓を打ちます。その姿に心を打たれた松浦が夫婦の赦免を誓うと、妻は夫の在所を告げ赦されます。

【見どころ】変化に富んだ筋立ての曲で、対話部分の多い世話物的な雰囲気の漂う、一風変わった曲です。恋慕ゆえの狂乱を見せるのが、この曲の趣向です。また、後半の<鼓ノ段>は謡も優れ、型所が続き見どころです。

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金春流の定例公演

金春会定期能
2025年
1月19日(日)12:30開演
「翁」中村昌弘
「高砂」山中一馬
「葛城」本田光洋
円満井会えんまいかい定例能
2025年
1月25日(土)12:30開演
「歌占」中村昌弘
「三輪」安達裕香

矢来能楽堂

金春流の特別行事

薪御能
2024年5月
17日(金) 興福寺/春日大社
18日(土) 興福寺/春日大社
大宮薪能
2024年5月 19:00~
24日(金) 大宮氷川神社
25日(土) 大宮氷川神社
轍の会
2024年7月7日(日)14:00~
国立能楽堂 
「清経 恋ノ音取」本田芳樹
「伯母捨」櫻間金記
座・SQUARE
2025年7月21日(月・祝)
13:00~国立能楽堂
金春祭り
2025年5月28日(水)18:00~
能楽金春祭り 銀座金春通り
路上奉納能 
鎌倉薪能
2024年10月11日(金)
鎌倉宮境内 鎌倉・大塔宮
春日若宮おん祭り
2024年12月
17日(火)
18日(水)
春日若宮御祭礼式能
奈良市春日大社
弓矢立合、神楽式ほか